建設業者が手掛ける工事は、一つとして同じものがなく、その契約もまた複雑になりがちです。しかし、「長年の付き合いだから」「簡単な工事だから」といった理由で、契約書を軽視していませんか?
本ブログでは、工事請負契約を締結する際に、建設業者が知っておくべき私法(民法)と公法(建設業法)のルールと、適切な契約管理が健全経営にどれほど重要かを解説します。

1. 民法が定める「契約自由の原則」と「成立条件」
契約は、本来、当事者間の自由な意思に基づいて成立します。これが民法(私法)の基本原則である契約自由の原則です。
1-1. 契約自由の原則とは
民法第521条および第522条に基づき、契約当事者には以下の自由が認められています。
| 自由の要素 | 意味 |
| 締結の自由 | 契約を結ぶか結ばないかを自由に決められる |
| 内容の自由 | どのような契約内容にするかを自由に決められる |
| 方式の自由 | 口頭か書面かなど、契約の形式を自由に決められる(原則) |
1-2. 契約の成立条件は「意思の合致」のみ
民法上、請負契約は、当事者の一方(請負人)がある仕事を完成させることを約束し、相手方(注文者)がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束することで効力を生じます(民法第632条)。
最も重要な成立条件は、この「申込み」と「承諾」という当事者双方の意思表示が合致すること(合意)です(民法第522条第1項)。
💡ここがポイント
原則として、口頭の約束でも、意思が合致すれば契約は成立します。
「書面がないから契約は成立していない」という考えは、民法上の原則に照らせば誤りです。
2. 建設業法第19条の「書面による契約」義務
民法の原則によれば口約束でも契約は成立しますが、建設工事の請負契約においては、特別な法律が介入します。それが建設業法(公法)です。
2-1. 建設業法第19条による「方式の自由」の制限
建設業法第19条第1項は、「建設工事の請負契約の当事者は、前条の趣旨に従つて、契約の締結に際して次に掲げる事項を書面に記載し、署名又は記名押印をして相互に交付しなければならない。」と定めています。
これは、建設工事においては、請負人(建設業者)と注文者との間で、工事内容、請負代金、工期など、トラブルになりやすい重要事項を明確にし、紛争を未然に防止することを目的とした行政上の義務です。
| 民法の原則 | 建設業法19条による例外(義務) |
| 方式の自由:口頭でも契約は成立する(民法第522条第2項) | 書面交付の義務:必ず書面に記載し、相互に交付しなければならない |
工事着工前の書面交付が原則!
契約書面の交付は、災害時などのやむを得ない場合を除き、工事の着工前に行う必要があります。口頭で工事を始め、後から契約書を作成・交付する行為は、同法第19条に違反します。
書面に記載すべき内容
- 工事内容
- 請負代金の額
- 工事着手の時期及び工事完成の時期
- 工事を施工しない日又は時間帯の定めをするときは、その内容
- 請負代金の全部又は一部の前金払又は出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期及び方法
- 当事者の一方から設計変更又は工事着手の延期若しくは工事の全部若しくは一部の中止の申出があつた場合における工期の変更、請負代金の額の変更又は損害の負担及びそれらの額の算定方法に関する定め
- 天災その他不可抗力による工期の変更又は損害の負担及びその額の算定方法に関する定め
- 価格等(物価統制令(昭和21年勅令第百十八号)第2条に規定する価格等をいう。)の変動又は変更に基づく工事内容の変更又は請負代金の額の変更及びその額の算定方法に関する定め
- 工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め
- 注文者が工事に使用する資材を提供し、又は建設機械その他の機械を貸与するときは、その内容及び方法に関する定め
- 注文者が工事の全部又は一部の完成を確認するための検査の時期及び方法並びに引渡しの時期
- 工事完成後における請負代金の支払の時期及び方法
- 工事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任又は当該責任の履行に関して講ずべき保証保険契約の締結その他の措置に関する定めをするときは、その内容
- 各当事者の履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息、違約金その他の損害金
- 契約に関する紛争の解決方法
- その他国土交通省令で定める事項
2-2. 法令違反(建設業法19条違反)が招くリスク
建設業法第19条に違反した場合、請負契約そのものが無効になるわけではありません(契約は民法のルールで成立しています)。しかし、以下の行政上のリスクが生じます。
- 行政指導・勧告:国土交通大臣や都道府県知事から、指導や是正勧告を受ける可能性があります。
- 営業停止処分:悪質な違反や指導に従わない場合、建設業許可の指示処分や営業停止処分につながる可能性があります。
- 信頼の失墜:法令遵守を軽視していると見なされ、元請業者や発注者からの信頼を失い、今後の取引に悪影響を及ぼします。
法令違反は、中小零細企業の存続を脅かす最大のリスクの一つです。「書面による契約」は義務であり、経営の基本として徹底してください。
3. リスクマネジメント:損害賠償リスクへの備え
契約書を適切に作成・管理することは、万が一トラブルになった際のリスクマネジメントとして極めて重要です。
3-1. 債務不履行による損害賠償リスク
契約書が曖昧な「口約束」や不完全な内容だと、工事が予定通りに進まなかったり、完成物に不備があったりした場合に、「債務不履行」を問われるリスクが高まります。
| リスクの具体例 | リスクマネジメント(契約書の役割) |
| 工期の遅延 | 明確な工期(着工日・引渡日)を定め、遅延した場合の遅延損害金(違約金)を定めておく。 |
| 品質不良 | 工事内容・仕様を詳細に明記し、瑕疵担保責任(契約不適合責任)の期間や範囲を定めておく。 |
| 代金回収の遅れ | 請負代金の額、支払い時期、支払い方法を明確にし、遅延した場合の対応を定めておく。 |
契約書は、これらの権利と義務の範囲を明確にする唯一の証拠です。これにより、紛争を未然に防ぎ、訴訟になった場合も自社の正当性を主張する根拠となります。
3-2. 不法行為による損害賠償リスク
工事中に、第三者(隣人など)の所有物や体に損害を与えた場合、「不法行為」(民法第709条)として損害賠償責任を負う可能性があります。
例: 基礎工事で隣家の壁にひびが入った。資材の落下で通行人が怪我をした。
不法行為責任は、契約の有無にかかわらず発生しますが、契約書内で「第三者への損害賠償に関する費用負担」や「保険加入」に関する規定を設けることは、経営リスクを軽減する上で非常に有効です。
- リスクマネジメントの具体策:
- 賠償責任保険への加入を徹底し、その旨を契約書にも明記する。
- 現場管理体制を明確にし、安全対策を契約書や添付資料に含める。
4. 実践的なリスクヘッジ:民間(七会)連合協定約款の活用
建設業法が「何を記載すべきか」という行政上のルールを定めるのに対し、「どのように取引を進めるべきか」という契約実務の具体的な規定を網羅しているのが、民間(七会)連合協定 工事請負契約約款(七会約款)です。
4-1. 七会約款のメリットと位置づけ
七会約款は、建築分野の主要な七つの団体(建築士会、建設業団体など)が共同で作成した約款で、民間工事において最も広く利用されている標準的な契約書のひな形です。中小企業にとって、この約款を利用するメリットは以下の通りです。
- 公平性の担保:七会約款は、注文者と請負人の双方の権利・義務を公平に定めており、一方的に請負人に不利な条項が盛り込まれるリスクを軽減できます。
- 実務に即した規定:工期の延長や請負代金の変更、契約不適合責任(瑕疵担保責任)の履行方法など、工事特有のトラブルに対応するための詳細かつ実務的な規定が盛り込まれています。
- 手間と費用の削減:自社で一から契約書を作成・リーガルチェックする手間や費用を削減し、法的リスクの低い標準的な契約を迅速に締結できます。
4-2. 建設業法遵守と七会約款
七会約款の契約書式は、建設業法第19条で義務付けられている記載事項を網羅するように作成されています。
したがって、七会約款のひな形を利用し、必要な事項を正確に記載して相互に交付することは、「公法(建設業法)の遵守」と「私法(民法)に基づく詳細なリスクヘッジ」を同時に実現する、最も実践的かつ効率的な方法と言えます。
5. 健全経営への提言:契約管理を「攻め」の経営に
中小零細企業の経営者にとって、「契約書作成」は手間だと感じるかもしれません。しかし、これは単なる形式的な手続きではなく、自社を守り、利益を確保するための最も重要な経営戦略です。
工事請負契約書は、自社を不測の事態から守る「盾」であり、適正な報酬を受け取るための「剣」です。 建設業法第19条の義務を果たすことは、リスクを最小限に抑え、七会約款のような標準的なひな形を活用することは、健全な経営を実現するための大きな一歩となります。
※ NotebookLMは不正確な場合があります。


